日記・コラム・つぶやき

2012年1月25日 (水)

広谷喜十郎の歴史散歩 2「土佐の龍神信仰」

  土佐の龍神信仰
 龍の原型は、インドで仏法を守るものとして出現した。釈迦尊が誕生されたとき、天から温冷二条の水を注ぎかけたといわれる。これが、花祭りのときに甘茶をかける風習になっていく。
 それが、変幻自在な霊力を有する瑞兆の龍となり、その祖型を示す図柄が中国の殷時代からの怪獣文にみられるという。
 やがて、これらの図柄の鏡は、日本の弥生時代以後の遺跡から出土するようになる。さらに、古墳時代になると、龍の図柄を表した環頭太刀がみられる。高知県にも国宝に指定されている環頭太刀が、日高村の小村神社に収蔵されている。この宝剣は『南路志』に「神体剣」とあり、龍神劍として祀られている。
 広江清氏の研究によると、「龍王社」が20社を『長宗我部地検帳』で確認されている。江戸時代の『南路志』では、47社あるという。
 この研究を参考にして、調べてみると山間部にあるものは水の神と位置づけられ、海岸部にある神社は海の神として祀られていることが解る。
 装飾古墳に描かれた青龍については、奈良県の高松塚古墳の壁画が有名である。奈良時代になると、都を設ける時には、必ず四神の配置を考え、東に清流が流れるのを青龍に見立て位置づけている。土佐市龍には、四国88カ所・青龍寺霊場がある。龍にまつわる話は、土佐清水市足摺岬の金剛福寺にもある。
 このように、龍について調べると、厳しい自然条件のなかで生活している人々にとり、「龍」の存在は信仰として大きな存在であったのだろう。

☆☆☆☆☆
 先号「龍の話」では、入力ミスがあり、失礼しました。( ̄▽ ̄)

2012年1月24日 (火)

広谷喜十郎の歴史散歩 1「龍のはなし」

広谷喜十郎の歴史散歩
 はじめに
高知市広報紙に、「高知市の歴史」を連載し320号で終わりになりました。
 まだまだ書きたいこと、知っていただきたいことがたくさんあります。
 そこで、地域を広げて歩いていきたいと思います。
☆☆☆☆☆☆
2012 第1号 「龍のはなし」
 今年は、辰(龍)年である。私は毎年の賀状の図柄に、社寺に奉納されている干支にちなんだ動物像を利用させていただいている。
 今年は、百人一首のカルタ会で有名な滋賀県の「近江神宮」に参拝した折見つけた、外国メーカーが奉納した龍の形の「古代火時計」を拝借した。
 これは、「約四千年前中国で、夜間の時を計るものとして用いられたものの復元品。龍の両側約十センチ間隔に、計十四個の球がつりさげられている。線香の火が燃え進むと糸を切り、球が落下。下の銅鑼が鳴り、時を告げる仕掛け」になっている。神社の境内には、時計博物館がある。天智天皇が、初めて水時計(漏刻)を使用されたのが、6月10日にあたり、時の記念日となっている。
 今年の年賀切手の図柄は、いの町の民芸店「草流舎」製作の龍の張り子が選ばれた。これは、最高級の雁皮紙など8枚の土佐和紙を貼り重ねて、作られている。ここのお客さんから、干支に因んだ神社や信仰についてもよく尋ねられるという。
 土佐の龍神信仰については、次回に。
 

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