« 広谷喜十郎の歴史散歩 314 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 316 »

2018年4月20日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 315


   満濃の池へ行く
 
 空海にゆかりの満濃の池を訪ねた。高知市内の小学校を卒業した妻は、小学校の修学旅行で行ったというだけで、何の興味も持ち合わせなかったらしい。
 先週、香川県中南部、仲多度(なかたど)郡まんのう町にある溜池を初めて訪ねた。
 この地方は、四国山脈に遮られ、降水量は少なく、日照時間は長いため、讃岐三白といわれる、米麦・砂糖・綿の産地である。
 農業用水を確保するため、大小の溜池が18,620程あると云う。その中心になっているのが、満濃の池である。堤防の高さが32m・水深6m、湛水面積は3,239haである。丸亀・善通寺・多度津・満濃・琴平地区に及ぶ広大なものである。大宝(たいほう)年間(701~704)に築かれたという。その後決壊を繰り返し、空海(弘法大師)が築池別当として派遣され、821年(弘仁12)修築した。
 しかし、その後も破堤を繰り返し、鎌倉時代から江戸初期までは放置され、池の中に村落ができたという。
 やがて、明治初年から改築工事が本格的に始まった。戦後になって、ようやく現在のような池ができあがった。

 冬から春にかけて、中国大陸から流入する黄砂がよく観測される。今回の取材旅行中も、讃岐富士(飯野山)は霞んでいた。


Dscf5142_2


Dscf5144


Dscf5151


« 広谷喜十郎の歴史散歩 314 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 316 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/583888/66630458

この記事へのトラックバック一覧です: 広谷喜十郎の歴史散歩 315:

« 広谷喜十郎の歴史散歩 314 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 316 »