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2018年3月25日 (日)

広谷喜十郎の歴史散歩 312

     相撲大好き!!

 数年前、高知県出身の栃煌山・豊ノ島の両力士が大活躍をしていた。

 孫が幼稚園から帰ってくる時間帯に、相撲放送がある。一緒にテレビを見ているうちに、彼女は相撲女子になってしまった。昨年、夏のお泊まり保育で、相撲に参加し、幼稚園のブログにも力士ぶりの姿が載ってしまった。
 その一因に、三歳になったとき、晴れ着を誂えた。そのお店が栃煌山と縁が有り、手形とサインの色紙も飾って有り、マスコット人形をいただいた。ファンレターを出したいほどになってしまった。目下、遠藤関にも夢中である。
 日本の近代における大相撲界で大きな役割を果たした人物。それは、自由民権運動の最高の指導者・板垣退助である。「国技館」という名称を決めた時にも関与している。板垣退助が逝去された折、その葬儀に相撲界から多数参列し、その棺を力士16人が担いでいる。
 
 今日千秋楽、栃煌山は残念ながら負けてしまった。

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NHKテレビの画像から


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