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2017年6月20日 (火)

広谷喜十郎の歴史散歩 285


   浦戸の日和山

 先日、高知市桂浜の龍馬記念館で運営委員会があり、出席した。この場所は、かつて戦国武将・長宗我部元親の居城であった浦戸城の一角である。
 梅雨に入り、天気の変化が気がかりな季節である。この天守の頂上部は、昔の天気予報をしていた天文台跡である。江戸時代に、描かれた『浦戸湾絵図』を見ると、ここは「日和山」とか「燈明台」と記載されている。この山の麓には、「日和見」という人々が住んでいた。彼等は、朝早くこの山に登り、その日の天気の前兆を示す雲の動きなどから天気を判断した。そして、提灯・幟等を掲げ、住民に知らせていた。
 対岸の種崎地区にも日和山があったことは、古地図で確認されている。
 この天気予報の的中率が、月の半分以上であれば、「日和見巧者」と呼ばれていた。7割以上あてた記録が確認されている。


 
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コメント

はじめまして。
病気の親族の依頼で家系図を作っていましたが、士族であった先祖が高知から来たらしい・・と
いう伝承はあるものの、図書館等でその根拠は見つけられず、検索をしていたら
広谷さまが書かれた高知市歴史散歩259 一豊の班内巡視(高知広報2005年12月号)に
ゆきあたりました。

ここにでてくる「清兵衛」さんのことが気になりますが、歴史の知識がなくよくわかりません。
これは土佐の話なのでしょうか?

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