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2017年6月 5日 (月)

広谷喜十郎の歴史散歩 284

   高知市の上水道

 私たち高知市民に、水道水を供給している旭天神町の浄水場が「異国情緒」の雰囲気そのままにリニューアルされたと、新聞報道で知り訪ねてみた。
 大正14年4月に完成した建物は、レンガ造りのポンプ塔や六角塔の本館など、当時としてはモダンな洋風建築で大きな話題を呼んだという。
 戦時中は、空襲から守るためコールタール等で黒く塗りカムフラージュされていたと云う。
 戦後昭和22年に江ノ口小学校に入学した妻は、見学に行ったと思うが記憶がない。江ノ口変電所の壁がぐちゃくちゃに黒く塗られていたことを思うと、同様であったろうと。数年前にいった室戸岬の灯台も同様であったから。 

 約400年前高知城下町が成立した折、鏡川に廊中堰を設け、上町に水路を通している。この水路は、現在も残っている。この辺りに、水通町という町が設けられた。
 下町方面は、江ノ口川の水を生活用水として利用していた。飲料水の問題を解決するために、約200年前に町奉行・馬詰親音が井戸を深堀する技術を近江の国から導入している。
 近代になり、大正10年には江ノ口地区に簡易水道が完成している。これが旭浄水場建設に繋がって行く。
 そして今、朝倉の針木上水場が設けられ、日本一の水質を誇る仁淀川からの水も取り入れられている。

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下は、隣の旭天神山公園から見た浄水場全景

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