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2017年3月31日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 278


古代ムラサキ草の復活

 今年の賀状の中に、四万十町の蕨川正重さんからのものが無く、心配していた。寒中見舞いのハガキが届いた。昨年10月に、90才で亡くなられたとのことであった。
 蕨川さんとの付き合いは長く、『十和村史』をまとめていた折から、何かと教示されることが多かった。
 私が、万葉集のロマンを伝える「古代ムラサキ」の復活に火をつけた。それを実地に実現して「ムラサキ草」を栽培してくれた人である。
 江戸時代前期、野中兼山が公布した掟書のなかに「幡多郡や高岡郡の山中に、ムラサキ草があるからこれを増殖させよ」と命じている。この自生地は何処だろうか。十和村あたりだろうか。蕨川さんにお願いした。
 以前、元牧野植物園長であった故・山脇哲臣さんからこの草の存在を伺ったことがあった。かつて、四国カルストで1本だけ見たことがあるが、絶滅危惧植物で見たことがないとされていた。
 蕨川さんから連絡が有り、十和村の山奥に自生地があると聞き驚いた。そこから採取した種を自己所有の畑に播いて育て、その種子を植物園や各地の篤志家にも分けている。
 蕨川さんの遺志を受け継いで、成果をあげて欲しいと願っている。
 
「紫は灰さすものぞつば市の八十のちまたに逢へる子や誰」万葉の時代,紫根染めをさりげなく詠み込んだ歌が、奈良県桜井市三輪山のすぐ近くに残っている。(今東光筆の歌碑が建立されている。)
 
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