« 広谷喜十郎の歴史散歩 274 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 277 »

2017年3月 9日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 276

    こおち、こうち???
 
 先頃、近親が集まり、城西館で食事会をした。昔、今上陛下や皇太子殿下に召されたことがあったので懐かしかった。
 今回は、5才になった孫娘がしっかりとした挨拶をし、爺・婆はウルウル。緊張することも無く、美味しく楽しく食事をした。
 お膳の上の「箸袋」の表記を見て??となった。折しも、幡多郡十和の訓みの疑問。「とおわ」なのか「とうわ」なのか??

 現在の高知城のある山名は、数百年前から大高坂山と呼ばれていた。大高坂松王丸の居城であった。江戸時代初期、山内一豊が入国し築城した折、「河中(こうち)山」と改名した。
 その後、五台山の空鏡上人から「高智山」と改名してもらったという記録がある。五台山の仏様の高い智恵を授かりたいとの強い思いから。河中と高知は、同じ字音であるから高知になったという。
Dscf4145_2


Dscf4127


Dscf4123_2


« 広谷喜十郎の歴史散歩 274 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 277 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/583888/64991203

この記事へのトラックバック一覧です: 広谷喜十郎の歴史散歩 276:

« 広谷喜十郎の歴史散歩 274 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 277 »