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2016年12月24日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 269


    いの大黒さま・椙本神社

 吾川郡いの町の大黒さまを祀る椙本神社を訪ねた。勉強会で「仁淀川の文化的景観を守る神社」として少しばかり話をした。
「仁淀川ブルー」と呼ばれる水質の良さを誇る大河沿いにある。奈良時代の『風土記』(713年)には、〈神河(三輪川と唱ふ)…〉と記されているように清い流れであったから、酒造りもされた。酒は、土佐の大神(土佐神社)に奉納された。
 平安時代になると、中央政府が編集した『延喜式』(801年)によると、この川で産した鮎を贄殿(にえどの)へ納めたので、贄殿川と改称された。河川鎮めの神として大きな役割を果たしてきた。
 中世・鎌倉時代の弘長3年(1263)に製作された「八角形漆塗神輿」が保存されている。この神輿、極めて手の込んだ入念な造りで、国の重要文化財に指定されている。八角形の神輿は全国的にも珍しい。753年間も、静謐・優美で和やかな渡御祭が継続されているのも嬉しい。この祭礼も文化財に指定されるべきものである。
 江戸時代初頭には、山内一豊が籾五俵を奉納している。高知城築城中であったが、長宗我部旧家臣の不穏な動きをも睨んでのことであったろう。
 江戸時代になり、いの町は神の町として発展していく。そして大国主命の多面性が物語るように、医療・招福などの信仰も加わる。祭礼ともなれば藩内各地より多数の信者が参詣に訪れる。現代にも続いている。
 最近、奉納されたお宝は、宮内庁からの御下賜品。五色の絹布・皇后様の工房のお蚕から作られたものではないだろうか。特別の箱に収められている。
 来年の絵馬も準備されて、新年を待つばかりになっている。
 皆様、良いお年を御迎え下さい。

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