« 広谷喜十郎の歴史散歩 258 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 260  »

2016年10月 8日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 259

    運河

 孫と過ごしていると、いろいろの面白い発見がある。まさに4才で「知りたがりや」好奇心のかたまりである。息子たちは幼い頃、毎晩「おさるのジョージ」の本を読んでもらいながら眠りについた。その古い本を読んでもらい興味を示していたが、新しく書き直されたジョージに出会いテレビで放映される番組に夢中になっている。
 新作の「ロンリーフィッシュ」では、池と湖を繋ぐ運河が登場した。高低差のある水路を魚が通行するために、ボートの櫂で水門を開閉する。

 パナマ運河やスエズ運河等世界に沢山の運河が建設された。未だ、陸路・空路輸送の時代ではなかった。日本でも水位差のない運河は、比較的簡単ではある。パナマ運河のように、高低差のある運河(閘門式)の場合貯水池も建設される。名古屋市の中川運河・松重閘門は、史跡として残されている。
 京都を訪ねる度に、琵琶湖疎水のあたりを散策した。高知県知事から京都府知事に転じた北垣国道は、明治維新による東京遷都のため沈みきった京都に活力を呼び戻すため琵琶湖疏水の建設を計画した。疏水の水力で新しい工場を興し、舟で物資の行き来を盛んにしようと。
東京の工部大学校を卒業したばかりの田辺朔郎を土木技師に採用した。高知県知事時代の知己・河田小龍に琵琶湖疎水工事の過程記録図誌作成を依頼する。
 琵琶湖疏水は着工から5年後の明治23(1890)年に完成した。琵琶湖疏水はまさしく京都に命の水をもたらしている。現役で活躍中である。(観光名所で、ドラマ撮影などの背景によく使われている)


松重閘門
Dscf1108


琵琶湖疎水水路閣
Dscf3824


« 広谷喜十郎の歴史散歩 258 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 260  »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/583888/64315501

この記事へのトラックバック一覧です: 広谷喜十郎の歴史散歩 259:

« 広谷喜十郎の歴史散歩 258 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 260  »