« 広谷喜十郎の歴史散歩 252 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 254 »

2016年8月25日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 253

 京都・宝ケ池

 息子のお盆休みに京都へ連れて行ってもらった。子供たちが幼い時に助けてもらった人が大津市に住んでいる。高齢のため施設に入っているが、望郷の心は強く、表現できる精一杯の所作で喜びを表現してくれた。
 繁忙期で、京都市のグランドプリンスホテルにやっと宿泊ができた。そこは、比叡山の麓で宝ケ池公園の傍にあり、国立京都国際会館も近く外国人の宿泊も多かった。ホテルのパンフレットに〈宝ケ池は、江戸時代中期に築造された灌漑用水池で、周囲は約1.8km(徒歩約30分)〉とあった。早朝に近所の様子を探りに行った妻によると、散歩やジョギングの人が多く、周辺は田圃を埋め立てた新興住宅地となっていると言う。立派な邸宅もあり、田圃も残っていて、我が家の近くの風景に似るらしい。元々湧水があったと言うから、朝倉と似ている。地理的に都の近くで…、こちらは鄙での違い?。

 高知市朝倉地区にある朝倉神社は、古代の格式高い天津羽々と斉明天皇の女性神を祀っている。皇室と縁の深い地である。鏡川の支流である神田川に流れ込む谷が沢山ある。男女(おめ)、網代(あじろ)谷等の小字がある。土佐道路(国道56号)沿いのフジグランなど大型店が集中する辺りからは、縄文・弥生時代の遺構も発掘されている。冷たい地下水により保存されたようだ。古くからの住民は苦労したらしい。神田川が本格的に改修される迄、度々の洪水に悩まされている。

 宝ケ池は、宝暦年間に農業用のため池としてつくられた人工池で、もともと湧水があった深田の東側に堤をつくってせき止めたものである。1855年(安政2年)に拡張工事が行われた。水不足に苦しんでいた溜め池は宝のように思われた。池の形が分銅型で、お金に例えられたとか、名称については諸説あるようだ。現在は、市民の憩いの場所となっている。

グランドプリンスホテル全景
Dscf3733


Dscf3758_4

« 広谷喜十郎の歴史散歩 252 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 254 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/583888/64099697

この記事へのトラックバック一覧です: 広谷喜十郎の歴史散歩 253:

« 広谷喜十郎の歴史散歩 252 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 254 »