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2016年7月29日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 249

     高知の空を最初に飛んだ人

 夏休みのシーズンになった。テレビや新聞の報道によると、海外旅行や国内旅行でも航空機を利用する人が多くなったようだ。悪天候や何かのトラブルが起きると、空港に人が溢れかえり、困った機会も多くなっている。
 最近、名古屋へ行く便が1日二便になった。妻と孫が、名古屋の動物園へ行きたいね。と、いう会話をしている。
 数年前、何度かJRで名古屋へ取材旅行に行ったことを思い出す。片道に半日を要した。帰りは、新幹線からの連絡は予讃線に都合良く組まれていたから、岡山駅でうろつくことも多かった。

 ここでは、高知県の空を最初に飛んだ人は誰か? 高知県人では誰か? 少し紹介しておきたい。
 明治36年(1903)アメリカのライト兄弟が世界で始めて飛行機を作ったことは、有名である。同じ年に、幡多郡拳の川(現・黒潮町)の種吾さんも飛行機製作を試み、足踏み回転式の機を製作している。大正2年(1912)には、宿毛市伊賀氏広が高知市朝倉練兵場に、機体を運び入れたが、滑走ばかりで空に挙がることができなかった。
 大正4年(1915)8月、荻山常三郎が来高し、高知の空始めて飛んでいる。同6年10月30日、アメリカ人の飛行家・フランク チャンピオンが来高し本格的な飛行を行った。10万人程の見物人が集まったという.しかし、二回目の飛行の時〈筆山を掠め(略)鴨田上空にて(略)風圧の為左翼切断し、400フィートの高空より無残や墜落したり〉と云う状態であった。彼の記念碑と忠魂碑は鏡川の広場に立っている。
 高知県人で高知の上空を最初に飛んだ人は、安芸市川北出身の安岡駒である。弱冠17歳で、大正9年のことである。

 1985年(昭和)8月12日、日本航空便(乗員・乗客524人中 520人死亡)の最悪の事故があった。御巣鷹山事故。先日、慰霊登山の準
備をされていた日航職員の方が転落し、亡くなられた。ご冥福をお祈りします。

  フランク チャンピオンの碑

Dscf3702

  名古屋国際空港
Dscf1648_3

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