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2016年7月14日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 247

      新居浜市の弘瀬記念館と川田小一郎

 日曜日恒例・温泉の日。老親に対しての二男の孝行日。
 愛媛県新居浜市にある別子銅山跡の温泉に行った。
 そして、広瀬歴史記念館をも訪ねた。ここは、幕末から明治期に別子銅山の総支配人として鉱山発展のために尽力した広瀬宰平の邸宅趾をそのまま保存してある。市の有形文化財になっている。
 ここには、高知市旭元町出身の川田小一郎の書状が展示されている。明治初年、川之江(現・愛媛県四国中央市)が土佐の支配下に置かれた。その折、土佐軍の一隊を率いて別子銅山の接収にあたった人物が川田小一郎であった。陳情を受けた小一郎は、全山を視察した。そして、〈住友家多年の栄為を了解し(略)寛大なる取り扱ひ方を指示し(略)山内の動揺を防がしめた〉(『別子銅山開坑二百五十年史話』)とあるように、4,000人余にも及ぶ坑夫たちにも給米を与えると共に、住友家の永年にわたる鉱山経営の努力を評価した。
 更に、小一郎は宰平を随伴させて京都に赴き、住友家が鉱山経営を継続できるように新政府から許可を得るように尽力した。この小一郎の厚意に対し、後年、感謝を込めてこの鉱山から採取された銅をもって銅像を造り、贈った。
 その後の小一郎は、三菱の岩崎弥太郎の片腕として活躍し、日本銀行大3代総裁となり、日本経済発展に大きく貢献した。

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