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2016年6月23日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 244

      塚地越えの青龍寺への道

 『高知新聞』の平成28年6月18日付に〈遍路「青龍寺道」国史跡に〉とか〈土佐市の1.6㌔・文化審「道」で県内初〉という大見出しの記事が掲載された。記事によると、〈四国霊場35番札所の清滝寺(略)から36番札所の青龍寺(同市宇佐町竜)の中間にある約1.6㌔。1998年に塚地坂トンネルが開通するまでは歩き遍路の主要な道だった(略)道しるべや磨崖仏(まがいぶつ)、供養塔などがある〉とある。
 なお、今回の指定を受けた遍路道を含め、徳島県では9カ所、香川県が2カ所、愛媛県が2カ所となっている。
 更に、これらのルートが世界遺産へ向けての動きもあるので、大いに期待されている。
 かつて、宇佐の港を出発してこの「塚地越え」の道を通り、高知市朝倉の自宅まで歩いてみたことがある。当時、高知市広報「明るいまち」へ連載記事を書いていた。そのための取材試行でもあった。
 このルートは、遍路道だけでは無く、高知の城下の人々へ「新鮮なカツオ」を届けたいという、いわゆる「夜売りの道」であった。宇佐の若者が、浜揚げされたカツオを籠に入れ、約3時間で駆け抜けたルートであった。当時は、仁淀川の河渡しの舟を利用したり、春野地区に来ると荒倉越えの坂道も待ち受けていたのである。
 荒倉トンエルは、昭和28年に開通する。それまでバスでさえ荒倉越えの峠道を走っていたという。昭和49年に2本目のトンネルが開通し、上下線で交通がスムースになった。


 

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