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2016年6月 3日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 240

       我が家の防災対策

 「地震・雷・火事・親父」昔から怖いものに数えられている。もっとも、現在は最後の親父はどうであろうか?
 数年前から「南海地震」が近々??との報道が多くなった。津波はここまでの水位を示す表示も多くなされている。食糧の備蓄すべきと、セット物が販売されている。(なんだか人の弱みに付け込んで?の気がしないでもない。)
 素直でないと、それ見たことか。と、言われるかも。
 我が家では、米は常時3~4キロ、缶詰は数種数個ずつ、パック入の削り節、本枯れ節と削り器なども準備している。
 
 私は、『土佐のカツオ漁業史(原始〜近世篇)』を書いているので、本枯節が保存食品として、いかに優れているかも書いた。
 戦国武士にとって、これは携帯食品として欠かすことのできないものであった。「勝男武士」と言う程身近なものであった。
 大正時代・関東大震災の折、「カツオ節」が大いに役立ったと云う話を小泉武夫氏が紹介している。『食の堕落と日本人』(東洋経済新報社)のなかで、女優・沢村貞子の子供の頃の思い出話を引用して〈逃げ出そうとした時に、隣家の乾物屋さんがとっさに彼女をとめた。「お貞ちゃん、これ持っていきなさい」そう言って鰹節を一本持たせてくれた。(略)その鰹節をかじりながら飢えを凌いで助かったという〉話を紹介している。
 数年前に、銀行から高知県産2018年までの賞味期限の「ノンフライ」菓子を貰った。寝室の枕元には、手回し式のラジオを置いている。
 利用するチャンスが無いことを願っているが。

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