« 広谷喜十郎の歴史散歩 236 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 238 »

2016年5月13日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 237


     室戸沖の金目鯛

 30余年ほど前に、土佐藩から江戸城に献上した残石である「伊豆石」を訪ねて、静岡県の伊豆半島東側のある稲取町へ行った。この折、宿泊した旅館の夕食に「金目鯛」の活け造りが出てきた。びっくり! 伊豆の沖合で取れる深海魚で、高級魚だと説明された。高知では、活け造りと云えば「鯛」であったから、少々がっかりした。カツオなど青魚になれた身には、驚きであった。
 室戸岬の沖合でもこの魚が上がることは承知していたが、私にとっては幻の魚であった。
 観光パンフレットによると、〈室戸市といえば、西日本一位の漁獲量を誇る金目鯛(略)室戸の東沖2~3km地点海底に水深1000mの崖がある(略)水深360m
 以前、室戸方面を取材した折、この魚が取れる辺りには海底から突出している「はえ」という岩礁が出来ている。特に、「大正ばえ」という場所は好漁場で、この魚がよく穫れていたと聞いていた。付近に生息する深海魚〉と説明されている。高級魚なので、地元でもあまり出回らず、ほとんど関西方面へ出荷された。
 最近、市内の数軒の飲食店で食べられるようになった。先日、室戸市へ出かけ美味しく食べてきた。
 
 江戸時代初頭、徳川幕府の命により、江戸城の石造用に採石し、土佐藩が稲取から運ばせていた。その刻印の入った大石が残されていた。土佐まで運ばれたものは、五台山竹林寺の常夜塔として寄進されている。
(写真の鮮魚は、甥が釣り上げたものである。)
 

Dscf3529

Dscf2286


« 広谷喜十郎の歴史散歩 236 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 238 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/583888/63623574

この記事へのトラックバック一覧です: 広谷喜十郎の歴史散歩 237:

« 広谷喜十郎の歴史散歩 236 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 238 »