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2016年4月28日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 235


      熊本と坂本龍馬の銅像

 熊本城近くに、龍馬の銅像がある。多くの人は驚かれるだろう。龍馬ファンからも、「何故?」と、問われることがある。
 平成17年初夏、この方面を訪ねた時に、この銅像と対面した。城近くの高橋公園内に「横井小楠と維新群像」として平成12年に建設されていた。小楠を中心に、左側に勝海舟・龍馬。右には松平春嶽・細川護久と並んでいる。
 幕末、江戸幕府側で活躍した勝海舟は、自著『氷川清話』の「恐ろしい人物二人」の条に、〈おれは、今まで天下で恐ろしいものを二人見た。それは横井小楠と西郷南洲とだ(略)その思想の高調子な事は、おれなどはとても梯子を掛けても及ばぬと思った事がしばしばあった〉と、述べている。小楠はそれ程の大人物だったと言う。
 龍馬は、文久3年(1865)、海舟の命を受け、兵庫海軍操練設立につき、越前藩・松平春嶽公の援助を受けるための使者として福井を訪ねている。その時、龍馬は小楠や三岡八郎(由利公正)と会い、酒を酌み交わしながら、天下国家の在り方を論じている。
 また、忙しい龍馬は、元治元年(1864)2月に熊本で閉居中の小楠を訪ねている。4月にも再訪している。龍馬にとって大事な人物であったといえる。
 龍馬の「船中八策」は、有名であるが小楠の「国是七条」からの影響が強いと、言われている。また、福井に居た由利公正は、「船中八策」に影響を受け、明治政府の大号令「五箇条の御誓文」の草案づくりに参加している。

この度の地震により熊本名産の「赤酒」の醸造場も大きな被害を受けたようだ。再開をお祈りしています。

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