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2016年4月15日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 232


     諏訪の御柱祭

 10年程前に、長野県諏訪市を訪ねたことがある。別の目的での取材であったから、御柱はもう立ち上がっていた。「七年に一度」と云われるが、正確には、六年毎であるらしい。サル年とトラの年にあたるそうだ。
 今年はその「御柱祭」の年である。山中からモミの大木の切り出しが始まるのは四月である。そして、氏子がその大木にまたがって、長さ100m程の急斜面を滑り降りる。荒々しい木落し行事である。1宮に対して、四本だから相当数の巨木が切られる。

 『高知新聞』4月4日付によると、〈長さ約17メートル、重さ約10トンの巨木を山の上から人力だけで(略)急坂から落す「木落し」(略)傾斜約25度の坂を巨木が土煙りを上げて滑り落ちると、観客から大きな歓声が起った〉と賑やかな光景を伝えている。
 諏訪大社は、上社の前宮と本宮、下社の春宮と秋宮がある。各々4本づつ計16本の巨木の柱を立てる神事であり、一ヵ月もかけての行事である。
 なお、木落し行事では過去に何人かの死者が出たと云う、荒々しい行事でもある。
 神社の由緒書きによると、〈「古事記」(略)から推定して少なくとも1500年から2000年前と言われており、我国で最古の神社に数えることが出来て(略)全国に勧請された御分霊の数は壱萬にも達し、その総本社であ〉ると云う。そして、農耕・生産・水・武将や狩猟の神として篤く信仰されているようである。本宮・社殿の条には、〈拝殿と幣殿が続き、その奥には御本殿はありません〉とあったので、神官に尋ねてみると、拝殿の背後にある磐座を通じて、山を拝むのがしきたりだといわれた。この神社は、山の神が本来の姿だとすると、自然そのものを信仰する原始的信仰だといえる。前宮を訪ねると、梶の木が御神木として存在しているなどよくわかった。神社の神紋も梶の葉であった。この宮の行事の一つに「御頭祭」がある。現在でも、鹿頭など(剥製)をずらりと並べて 神に奉納する行事が行われている。前宮の近くにある神長官守矢資料館に行くと、この神社が狩猟の神であるということが理解できる。
 高知県佐川町の駅近くに、諏訪神社がある。樹齢800年のクスノキが境内にある古社である。この地方では、ウサギを捕獲した時には、三本足を持ち帰る。必ず左前足を神の足として奉納する。

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小社にも4本柱が立てられる。前の切り株は、カジノキの切り株らしい。

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