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2016年3月19日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 228

     古代ムラサキ

 先日、群馬県に「日本古代紫草工房」を設け、ムラサキ染めの製作を手がけている石川貴啓氏が来高し、お会いした。
 石川氏は、中国産の安い原料を一切使用せず、日本産のムラサキにこだわっての染色をしている。日本各地のムラサキを訪ね歩き、調査研究の上での染色である。石川氏とは以前から情報交換をしている。久し振りに再会し、長時間の楽しい話をすることができた。
 日本では、古代から紫草が珍重されてきた。聖徳太子の冠位十二階制では、ムラサキ色を第1位とし、高貴の人しか着装できなかった。
 大海人皇子(天武天皇)に額田王が、近江の蒲生野で「あかねさす紫野行き野守は見ずや君が袖振る」と詠じた歌は有名で、古代のロマンを感じさせるものがある。
 土佐では、江戸時代初期に家老・野中兼山がムラサキ草の栽培を奨励したり、染物職人を江戸方面に派遣した記録がある。後に、この草が薬用として利用されたことを知り、「十和村史」のなかで紹介した。昭和54年のことである。   
 その後、地元の蕨川正重さんが自生地を見つけたとの知らせを受けた。彼が約10年かけて自分の畑で栽培に成功している。いま、沢山の「種」を確保することができたので、県立牧野植物園や数人に提供したとの連絡をいただいた。
絶滅危惧種の植物であるこの草の栽培・発展を願っている。

 「石川紫草色の世界展」が7月1日〜7日まで、名古屋市栄の三越デパートで開催される。たくさんの人々に、ほんまもんの「紫」を見て感じて頂きたいものである。
 石川氏ら伝統工芸師が、研究団体をつくり、日本文化発展に寄与したいとの動きもあるようで、頑張って欲しいと思っている。
 

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石川氏と筆者(石川氏のスカーフに注目)
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