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2015年10月 1日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 204

    香川県仁尾の八朔まつり

 先日、琴平を訪ねた折、午後に三豊市仁尾町をも訪ねた。
 「第18回八朔人形まつり」が開かれていた。
 数年前には、何度か訪ねたことがある。その時の海岸にある賀茂神社を訪ね、神社総代の河田さん(故人)からいろいろお話を伺った。早明浦ダム以前は、井戸水に塩分があったので、この海岸で米を洗い、茶粥を炊いて食べたことなど。その茶粥に使われたのが、大豊町の「碁石茶」で、瀬戸内の島嶼部に仁尾の港から運ばれていった。
 太陽光発電を早くから導入したのもこの町である。塩田跡地の新事業として、車エビの養殖が行われている。

 今回訪ねてみて、海岸の様子が変わっていた。賀茂神社から沖合に、新開地が造成され、公園や車エビの養殖池が整備されていた。
 丁度、旧暦の八朔まつりが行われていた。農業に感謝する日である。
 町の古民家・倉にひな人形や五月人形が飾られ、町は賑わっていた。
 以前、この祭の由来を聞いた。戦国時代に、土佐の長宗我部軍がこの地を攻略し、多数の死者を出した。その日が3月3日であった。祭どころではなかった。その後、八朔の日に合せて人形まつりをするようになったと、言う。町内の路地が狭いので、新開地に駐車場を設けて、送迎バスが運行していた。町民の手作り人形にも戦死者を供養する気持が込められていた。

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