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2015年9月24日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 203


   琴平のレストラン・神椿


 先週の月曜日・敬老の日に、資生堂のレストラン「神椿」へ息子に連れて行ってもらった。JRで旅をする度に、琴平駅の看板を見、行ってみたいと思っていただけにとても嬉しかった。
 金毘羅宮の西側の参道の入り口から、信号によってコントロールされている片側通行の自動車道により、レストラン前にたどり着くようになっている。
 香川県教育委員会がまとめた『金毘羅参詣道・伊予・土佐道』と表題に明記されているように、西側のルートは愛媛・土佐・阿波の参詣者が詣る信仰の道筋であった。この調査書によると、ここは〈「西口峠と(牛屋口)といふ」(略)飲食店もあり、〉と言うように、門前町ができ賑わっていたと言われる。
 ここには、土佐人が奉納した石塔がずらりと道筋に立てられている。「繁栄講」・「長栄講」・「金栄講」等、刻記されている。なかでも伊野町の人々の奉納したものが、最も多い。これは、土佐和紙の発展に伴い、この町では、信者が多くなったことを物語っている。と、金刀比羅宮の機関誌「ことひら」に寄稿したことがある。
 また、「坂本龍馬像」も建てられている。幕末に、龍馬も歩いた可能性があるとして、平成元年7月に本体が約2.60m総高4.70mの銅像が建立されている。
 龍馬が直接参拝に訪ずれた可能性は低いが、瀬戸内海で大活躍をした折、船上から金刀比羅宮に向かい、航海安全を祈願したであろうことは、容易に考えられる。

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