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2015年8月27日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 199

    土佐神社のつぶて石

 土佐の夏の終わりを告げる土佐神社の志那禰祭が行われた。土佐神社は、土佐国一の宮であり、祭礼は24日の夕刻から始まり、25日には、御神輿の巡行があった。
 この神社の小笠原貴紀氏は、先頃神社庁から正式の宮司に任用された。彼に祝意を表すため、立ち寄った。高知新聞文化教室で、神社の「つぶて石」と「鯰矛(なまずほこ)」の話をするための確認の意味もあった。
 神社の東隣に高さ1.8m、周囲5mの大岩があり、神の石として祀られている。その謂れは、その昔はるか彼方の浦ノ内湾西端(須崎市)に鎮座している鳴無神社に神さまが現われた。この地では神の意志が叶わないと、大岩を取り上げ、この岩が落ちた場所に新たに社を建てよと投げた岩だと言われている。
 これが、現在の土佐神社に繋がる伝承である。
 昔は、秋の大祭には浦戸湾奥にある土佐神社と鳴無神社との間に、神輿を乗せた船で「お船遊び」という神幸の行事をおこなっていた。
 今でも、この行事は、鳴無神社のみで小規模に行われている。

 数年前、このスケールの大きな海洋伝説に興味を持ち、先述の小笠原氏と共に鳴無神社を訪ねた。宮司の森田鉄亀氏から興味深い話を伺うことが出来た。昔のような大がかりなものでなくても、両社を結びつける祭を復活させてみたいとも、語っておられた。
 土佐の宮島ともいわれる鳴無神社の社殿は国の重要文化財でもある。


Dscf3069
  ←つぶて石

Dscf3073

 鳴無神社の大鳥居

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