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2015年5月 4日 (月)

広谷喜十郎の歴史散歩 183


   南阿波の蒲生田岬を訪ねて

 先頃、徳島県阿南地方にある蒲生田(かもだ)岬を訪ねた。ここ以北の海が瀬戸内海、以南が太平洋だと言う。

 紀貫之の『土佐日記』では、この方面の海岸沿いを通り過ぎるが、地名は記載されていない。
 『土佐日記』は、歌人でもあった紀貫之が、4年間の土佐の国司任務を終え、承平4年(934)12月21日に出発して海路をたどりながら、翌年2月に京都に帰着する迄の55日間にわたる旅日記をまとめたものである。
 貫之の船は、出発の翌年の1月21日になり、ようやく室戸岬を通過した。国境近くの船泊まりの港に向かうことが出来た。
 この船泊まりについて、角川文庫本の三谷栄一訳注では、〈山田孝麿博士は安芸郡甲浦か、阿波国(徳島県)海部郡宍喰のあたりかという〉説を紹介している。
 この辺り、23日の条に「海賊のおそれありといへば、神仏を祈る」とか、25日の条に「海賊おひ来といふと絶えず聞ゆ」とある。海賊来襲を恐れ、夜中に船を出していく。その途中に、「手向けするところ」にさしかかり、船頭に命じて幣を奉納させている。
 これについて、三谷氏は〈幣帛を奉って道の神に旅の安全を祈る海陸の要所。(略)阿波(徳島県)の蒲生崎であろうか〉と、解説している。
 この蒲生田岬の標高40mの高台に、大正13年(1924)に点灯された大きな灯台がある。紀伊水道の重要な要所であることが解る。
 灯台の展望台から、遠くは淡路島や和歌山などの大パノラマの眺望が臨めるという。老齢の身には、あきらめざるを得なかったが。
 紀貫之が航海の安全を祈願をして、海の神に捧げものをしたとする場所に立つことができた。

 この岬は、四国本島で、最初に太陽が昇る地・最東端にある。最近になり、観光地として整備された所である。阿南市営の「かもだ岬温泉保養センター」や、海岸公園などが設けられている。岬端にはモニュメント「海の詩(うた)」がある。風と浪をモチーフにつくられた大きな石の彫刻が出迎えてくれる。
 この地は、アカウミガメの産卵地(県天然記念物)としても知られ、ガマ・アンペライ・テツホシダ・ウキヤガラなどの湿原植物群落が見られる。

  
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