« 広谷喜十郎の歴史散歩 176 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 178 »

2015年3月28日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 177


  京都の不思議な鳥居

 京都は、不思議な町である。保守性と革新性が同居している。
 今回は、大津市で宿泊したので、京都の街中にある公園内の水族館へ行ってみた。元JR貨物梅小路駅の跡地に整備された市営公園内にある。平安遷都1200年を記念して作られた公園だという。京都は、先の戦が応仁の乱であったり、太平洋戦争の傷跡のない街らしい発想である。
 水族館のロビーから南へ目を向けると右手に東寺の塔が見え、左には京都タワーがそびえている。

 以前、『高知県酒造史』を書いた。京都・嵐山の麓にある酒の神・松尾大社に参詣した。ここは、秦氏ゆかりの神社である。これらについては、秦氏の動きを見る必要がある。
 高知県の四国山脈の山地・大豊町にある定福寺には、四国で一番古い聖徳太子像がある。南北朝時代に造られた像で、木地師や大工さんが篤く信仰していたと、調べたことがある。

 そこで気になり、京都・太秦近くにある太子ゆかりの広隆寺を訪ねた。寺院の由緒書きによると、この寺院は603年に建立された。〈法隆寺等と共に聖徳太子建立の日本七大寺の一つで(略)秦河勝が聖徳太子から仏像を賜り(略)建立した〉とある。
 渡来系の秦氏は〈養蚕機織の業が主であったが、その外に(略)醸酒等、当時の地方産業発展に貢献していた〉と、言う。寺院には、太子像も本尊として祀られているお堂もある。お堂に奉納されている扁額を見ると、大
工さんの名前が連記されていたことが印象ふかい。
 近くには、木嶋坐天照御魂神社・蚕の社がある。かつて訪ねた折には湧水が豊富であった。「元糺の池」(もとただすのいけ)という池の中に三柱鳥居がある。現在、住宅地が拡がり、水が少なくなったという。〈夏期第一の土用の日に、この神池に手足を浸すと諸病にかからぬと云う〉のである。〈中央の組石は(略)神座であり(略)四方より拝することができる。一説によると、景教(キリスト教)の遺物ではないかと云われている〉
不思議な鳥居である。
 なお、この神社の玉垣などには、大手の織物会社名が数多く刻記されている。

Dscf2661_2


Dscf2660


« 広谷喜十郎の歴史散歩 176 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 178 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/583888/61348713

この記事へのトラックバック一覧です: 広谷喜十郎の歴史散歩 177:

« 広谷喜十郎の歴史散歩 176 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 178 »