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2015年2月12日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 171


  坂本龍馬とブーツ

 もし、龍馬が暗殺されなかったら、明治の時代にどんな活躍をしたのだろうか。明治時代にどんな活躍をしただろうか。
 龍馬ファンの間で話題になることがある。
 例えば、明治政府に参加していたなら、片腕であった睦奥宗光が外務大臣として不平等条約撤廃に努力しているから、龍馬も外交官として活躍していたのだろうか。
 その陸奥は、龍馬等が維新政府の役割を決めていた時、西郷隆盛に対して、俺は世界の海援隊でもやろうか、など言っていたという話がある。西郷よりもずっと大人物のようだと思ったという。
 龍馬は暗殺される直前、陸奥に宛てた手紙のなかで、〈世界の咄し〉を〈おもしろき御咄しもおかしき御咄しも実に山々ニて候〉と書いている。
 この手紙について、萩野延寿氏は〈藩を越えて国という地点にまで精神のあゆみをつづけてきた坂本は、そこからさらに一歩すすめ、つぎは世界という一つの大きな地平にむかって、行動をおこすこころの準備をととのえていた〉(高知県芸術祭「龍馬がゆく」の講演記録)と、言っている。

 ここで、高知市桂浜の龍馬の銅像の元になっている写真(高知県蔵)を見て頂きたい。この写真を見ながら、いつも感じることがある。武士の格好の姿担っておらず、しかもふところ手をしているのは、どうして? と感じてしまう。
 さらに、注目するのは、足元。ブーツを履いている。封建時代には武士の装束には、厳しい機制があった。それを考えるとブーツ姿は「けしからん」ことである。
 そんなことを超越している。龍馬は、貿易立国を目指し、世界の海援隊を志向している時でもある。このように考えていくと、彼らしい姿だと強く感じる。

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