« 広谷喜十郎の歴史散歩 168 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 170 »

2015年1月31日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 169


  節分と恵方巻

 節分とは『現代こよみ事典』(柏書房)によると、元は〈立春・立秋・立冬の前日をさし(略)いつからか立春の前日だけが、暦に記載されるようになった〉という。やがて毎年の2月4日の前日になったと言う。
 冬から春への折り目に当る。この夜、悪魔(鬼)を追い払う豆まき行事などを行い、新しい春を迎える。『日本人のものしり事典』(大和出版)には、〈柊(ひいらぎ)に鰯の頭をさして戸口にさしたり、ニンニク・ヒル・トベラなど臭気の強いものを添えたりして、悪臭で疫神を防ごうとする習慣が全国的に行われている〉とある。
 豆まき行事では、「鬼は外・福は内」が一般的であるが、神社や寺院の中では、「福は内」だけの所もある。奈良の元興寺のように「鬼は内」という寺もある。仏様は、行き場のない鬼を迎えるほどの懐の深い慈悲が有るのであろうか。また、鬼子母神を祀る所もある。これも「鬼は内」の表現であろう。
 撒いた豆から、芽が出るのを避けるために炒り豆を用いる。

 節分行事で、このところ有名になったのは、「恵方巻」である。
 恵方とは、その年にやってくる正月の神(歳徳神)の所在する方向を言う。元来は、恵方棚を設けて神酒などを供え、祀ったという。
 今は、太巻きの寿司を恵方に向かい、願いごとを込めて、無言で食べる。これが、大阪方面で起り、各地のスーパーマーケットなどで発展して来たといわれている。
 この時期は、「2月は逃げる」と言い、商業的には売り上げが落ち込むので、これを商品化して販売促進につなげようとした。と、言われている。
 スーパーやコンビニのチラシを見ると。「恵方に向かって地酒で恵方呑み」・「招福七福恵方巻」・「まぐろ入り赤鬼手巻・青魚のぶり入青鬼手巻 どちらを丸かぶり?」・「節分そば」など、鬼もびっくり!の宣伝文句が乱舞している。

Dscf2613


Dscf2614


« 広谷喜十郎の歴史散歩 168 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 170 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/583888/61061545

この記事へのトラックバック一覧です: 広谷喜十郎の歴史散歩 169:

« 広谷喜十郎の歴史散歩 168 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 170 »