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2015年1月14日 (水)

広谷喜十郎の歴史散歩 166


 高知市の朝倉神社(1)

 30年程、高知市役所観光課の紹介で静岡県の方とお会いした。静岡にも、朝倉神社と同じ祭神・天津羽羽神を祀っている神社があるという。
 お話をうかがうと、この神を祭神とする神社は珍しく、しかも都(みやこ)から遠く離れた場所にあるのが不思議だと、話されていた。しかも「延喜式」に格付けされた古代社であり、斉明天皇も御神体として合祀されている神社なので、興味深いと。

 この神社の背後にある円錐状の秀麗なたたずまいを見せる赤鬼山は、神体山として県の史跡になっている。古墳時代の5・6世紀頃には信仰の対象になっていると考えられ、近くには土佐の三大古墳の1つである朝倉古墳がある。なお、この山から千八百年前の弥生人が住んでいた遺物を示す土器類が出土している。
 これについて、考古学者・岡本健児先生は、〈赤鬼山に弥生人が住んでいた頃には、同じ朝倉の城山にも弥生人が住んでいた。城山の弥生遺跡は、相当広範囲で(略)遺物が発見される。いわば、弥生中期後半が朝倉の黎明期である〉と、説明されている。
 これらの動きを反映して、やがて自然崇拝の神体山信仰が生まれる。朝倉方面では、赤鬼山がその対象になったのである。朝倉地区に住む古代人にとって、山野の恵みに感謝し、祈り続ける世界、即ち招福信仰に繋がる場所を早くから設けていたことになる。
 しばらくして、この山麓に朝倉神社が設けられ、天津羽羽神を祀り、さらに斉明天皇も御神体に祀リ、木の丸様として篤く信仰されるようになった。

 以上のようなことを静岡の人にお話した。この神社は、決して特異性のあるものではなく、地域住民の信仰心の流れのなかで生まれたものであることを強調した。
  

 

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