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2015年1月 1日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 165

 羊年に因んで

 新年おめでとうございます。今年も宜しくお願いいたします。
 ブログも165回になりました。高知新聞社の文化教室も月1回第2金曜日に開講しております。まさに老骨に鞭打ちという状態で何とか頑張っております。

 土佐産業史の紹介も高知新聞の「K+」紙でしばらく書き続けてみます。
 このところ、神社庁の庁報誌に毎年の干支に因んだ連載を書き続けて来ました。ところが、12回目の今年は羊に因んだ記事をかくことができなかった。高知県に羊神社が見当たらなかったから。(羊子・ようこさんという宮司さんは存じているが)

 平成14年奈良の国立博物館で、東大寺の大仏開眼1250年記念の『東大寺展』が開催されたので出かけた。そこには、東大寺所蔵の12体の「12神将立像」がずらりと展示されていた。これらの神像の頭部にそれぞれ干支の動物像が載っていた。これらの製作年代は平安時代の11〜12世紀初のものとされている。
この頃から干支信仰が定着したといわれている。
 本来は、12神将と12支は別物であった。それを結合させた作例としては早いものだといわれる。この平安時代は、末法思想が普及した時代で、神将の法力で邪悪を押さえ込み、干支の動物像の縁起力で世の中の幸せを祈り、福を授かるために、両者を合体させたものであろう。

 数年前、名古屋市を訪ねた折、北区辻町の「羊神社」をも訪ねた。
 『愛知県の歴史散歩』(山川出版社)によると、〈延喜式神名帳に『山田郡羊神社』、『尾張本国帳』に「従三位羊天神」〉とあるから、古代から存在する神社であるようだ。
 神社の由緒書に、祭神の1つに〈火之迦具土神(日本神話における火の神)〉が祀られているとある。〈昔から氏子区域には極めて火災が少なく「火災除」の神として崇敬者も多い〉という。〈太平洋戦争末期の名古屋大空襲には辻町にも多くの焼夷弾を受けたが、ほとんど火災に至らず焼失の難をのがれることが出来た〉との神徳があったという。
 吾川郡いの町の椙本神社に、大型の羊の絵馬が奉納された。『高知新聞』の記事によると〈題は「祥雲招福」羊を雲に見立てて、気持よさそうに浮かぶ姿を(略)鮮やかに表現した〉ものである。作者の画家・中村達志氏は、〈祥雲は良いことが起る兆しを運ぶ雲。羊の雲が浮かぶことで運気が上昇するように願いを込めた〉と、述べている。
 良い年でありますように!!


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