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2014年12月20日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 162

 
  土佐はサンゴ王国(2)

 深層の宝石であるサンゴの歴史は古い。約2,000年前に、イタリアの地中海沖で発見されたのが最初だという。その後、シルクロードを通じて、アジアへ、日本へともたらされた。
 サンゴ玉は、奈良時代の聖武天皇ゆかりの東大寺・正倉院に保存されている。
 サンゴは古代からアジアでは魔除け、ヨーロッパでは幸福を招く。三月の誕生石として、人びとに親しみを持たれていた。
 長い間、土佐湾の深い海底で、サンゴは厚いベールに包まれていた。藩政後期にまとめられた『南路志』に、〈珊瑚珠 此国昔不知、近年甲浦より羽根迄の間に、漁師の網に掛けて上る也〉とか、幡多郡の大月町沖合からも、漁網や釣針に掛かり引き上げられ、その存在が知られるようになった。
 天保7年(1863)に、室戸沖で戎屋がカツオ釣りをしていたところ、たまたまサンゴ樹を引き上げた。後、彼は採取網を考案している。
 「国吉家文書」に、天保6年に重さ60匁のサンゴを代金8両2歩で買い受けた、という記録がある。当時としては、サンゴがいかに珍貴なものであり、非常に高価であったかがよくわかる。
 天保9年の「三谷家文書」によると、サンゴは一般的に禁制品の扱いを受けていた。引き上げたサンゴは藩の役所に提出しなければならなかった。そこで、土佐の海岸地帯では〈お月さんももいろ  誰がいうたアマがいうた アマの口を引き裂け〉という俚謡が秘かに歌われるようになったという。
 土佐藩が積極的にサンゴを採取しなかったのは、江戸幕府へ知られ、強制献上品に指定されることを恐れたからであると、言われている。
 それでも、高知城下町ではひそかに売買されていたと見え、五台山・竹林寺の若僧侶・純信が近所に住むお馬さんにサンゴ玉のかんざしを買い与えたことが評判になった。
 よさこい節に〈高知の城下のはりまや橋で坊さんカンザシ買うを見たヨサコイ ヨサコイ…〉と唄われるまでになる。

Photo

高知市仁井田の日本サンゴセンター

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