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2014年12月 5日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 160

  碁石茶の茶粥

 高知新聞社の「K+」という無料配布の広告紙に、しばらく連載記事を書くことになった。
 初回は、長年追い続けてきた「碁石茶」について書いてみた。その編集会で、土佐の山地で産出された不思議な発酵茶・碁石茶は、塩分を含んだ井戸水を飲用していた瀬戸内方面へ大量に移出されていた話をした。
 この茶の道は、参勤交代路でもあり、土佐との繋がりを示す数多くの史跡がある話もした。それに興味を示した担当者が、3頁にわたる掲載記事を載せたいとの意向で、取材に同行した。
 香川県三豊市仁尾町の賀茂神社近くで、碁石茶が茶粥の材料として不可欠であった話をした。降水量の少ない香川県では、家を建てることは、まず井戸を掘ることであった。その井戸水も塩分を含んでいた。早明浦ダム完成に大喜びした香川県からは、見学者も多かったようだ。

 担当者が、調べて下さり、近くの粟島で茶粥を提供している食堂が有るとのことで、海上タクシーを利用し訪ねた。
 この食堂で食べた茶粥は、ハブ茶を利用しているとの話であった。碁石茶があまりにも、高価になったから。店主からゆっくり話を伺えなかったが、〈島で生まれ育って、子供の頃からの碁石茶の茶粥をあたり前のように食べていた〉との話であった。その茶粥に、サツマイモも入っていたと。
 以前、このブログでも紹介したが、愛媛県の大三島でもサツマイモをもたらした僧が祀られている寺を紹介した。

 碁石茶にしろ、サツマイモにしろ、直に、このような話を聞くことができるのは、研究者冥利につきる。
 
 退職後、「大和は国のまほろば」という奈良県を何度も訪ねた。数度も宿泊するお気に入りの宿も有った。朝食には、白飯の他に「茶粥」も用意されていた。奈良・和歌山・三重では、昔から茶粥が有名である。


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   100円硬貨と比較


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