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2014年10月10日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 152

  土佐の山林文化と鎮守の森

 私は土佐の林業史の研究を思考して、いくつかの市町村史の中で、それぞれの地域の林業史をまとめてきた。
 そして、土佐の自然と歴史的文化との結びつきを書いておきたいと願っていた。
 30余年前から、高知県神社庁の機関誌に「土佐史の神々」を毎月書く機会を得た。山林文化史を意識しながら書いてきた。それが東京の神社本庁で、認められ「神道文化賞」を授与されるという光栄に浴した。

 そのうち、私と同じ考えを持つ人々が多くなってきた。十数年前に、鎮守の森をテーマにした「社叢学会」が設けられた。歴史学・自然科学・社会学・建築学などの研究者を動員し、新しい学問研究の可能性を探求する動きが起こった。
 提唱者の一人である上田正昭氏は〈都市の中の自然が失われて、鎮守の森自体も環境の汚染とともに枯渇していく状況であります。古くから鎮守の森が日本の文化(略)のベースとして大きな役割を担ったことは紛れもない事実だ〉(『鎮守の森は甦る』)と強調している。
 また、4,000万本の木を植えた男として知られる、宮脇昭氏の『鎮守の森』(新潮社)も刊行され、大きな刺激を受けた。
 最近は竹内荘市氏が、高知県下の2,622社を調査し、その記録書『鎮守の森は今』と『追補版』の2冊を刊行なさり、大きな話題になった。
 
 私なりの「鎮守の森論」を展開すべく、今まとめたばかりである。この成果の一部を今週10日の高知新聞社の文化教室で、「土佐山林文化と鎮守の森」の話をします。
 高知県の山林文化の在り方を考える場合、先ず近くの「鎮守の森」から考える必要性を強調したいと思っている。

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