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2014年9月11日 (木)

広谷喜十郎の歴史散歩 148 

 朝倉のお千代地蔵

 JR土讃線(下り)鏡川鉄橋南詰の道路へりに、大銀杏がある。そのたもとに、大小2体のお地蔵さんが寄り添うように建てられている。これには、諸説あるが、非人間的な哀しい話が伝えられている。

 百数十年前のこと。鏡川は大雨ごとに増水し、朝倉・鴨部地区では堰や堤防が壊されて田地が水浸しになったり、家が流されることが度々あった。
 そこで、地域では人柱を捧げ、水神様にお願いすることになった。近くに住む貧しい暮しのお千代さんに目をつけた。村人から頼まれたお千代は、後に残す母親の生活を十分に見てもらう固い約束をして、人柱になったという。
 何年か経過すると、地域の人々はお千代さんとの約束を忘れてしまった。そして、母親は寂しく死んでしまった。

 其の内に、また大雨が降って鏡川が氾濫し、繰り返し被害を受け続けた。地元の人々は、お千代さんとの約束を反古にした報いが、災いをもたらしているのではないかと考えるようになった。
 そこで、嘉永7年(1854)、2人の霊を供養するために、2体の地蔵を鏡川堰が見える堤防上に建立したと伝えられている。

 昭和63年から、遊泳シーズンを控えた7月17日には、地蔵の前で鏡川安全祭が行われるようになった。水難者を供養するとともに、事故が起らないよう、地元民が集まり祈願している。

 なお、高知県下にこのような人柱伝承が数カ所も伝えられている。これらは、私たちに自然の厳しさを警告しているのであろう。  

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