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2014年8月29日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 146

  赤鬼山と朝倉神社(1)

 先頃、高知市朝倉神社の境内にある公民館で、地元の成人学級で話す機会があった。
 はじめに、神社の祭神の女帝・斉明天皇にまつわる話をした。以前、この女帝に関係する土地をあちこち訪ねた。
 愛媛県のしまなみ海道入口に、「朝倉」がある。九州にも女帝が逝去した地も「朝倉」市(現)である。
 『日本書紀』をひも解くと、この女帝のことが記述されている。

 朝倉神社の背後にある高さ100mほどの赤鬼山は、円錐状である。山の全体が神そのものである。神社の祭神・天津羽羽(あまつはは)神と斉明天皇は、赤鬼山を神格化したもので、山頂近くの大岩が神奈備(磐座)を意味しているのであろう。
 このような秀麗な山に神霊が天降ると篤く信仰していたと思われる。なお、この山は神奈備山として県の文化財に指定されている。
 この山の南側に、弥生時代後期を代表する城山遺跡や土佐巨大古墳の1つの朝倉古墳があるように、この付近には、古くから人々が住みつき、やがて古代村落である朝倉郷が形成されていく。そして、地域の宗教的シンボルとして赤鬼山や朝倉神社が位置づけられた。
 この山は、アカマツやシイ類などを交えた自然林が保存されている。そして、保存を要する植物が数多く自生している。高知市の特別自然地区にも指定されている。
 この緑あふれる山は、地域の歴史の貴重な生き証人である。このような山を大切に保存していきたいものである。
 朝倉神社は、奈良時代に中央でまとめた記録『土佐国風土記』逸文や、平安時代の『延喜式』の神名帳に記載されている。中央の政府が認めた格式が高く由緒ある神社であり、一宮の土佐神社に次ぐ二の宮として位置づけられている。古式ゆかしい祭礼も執り行われる。

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