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2014年8月23日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 145

  土佐市の大綱引き

 今年も土佐市の伊野線の路上を会場として、8月16日の夜「大綱まつり」の行事が行われた。
 翌日の「高知新聞」の記事に、〈力と力がぶつかる夏の風物詩「大綱まつり」が(略)メーンの大綱引きでは、約600人が重さ1トンの大綱を豪快に引き合った(略)午後8時、本番の大綱引きが始まると、さらし姿の男衆が力水を浴び(略)力と力の真剣勝負、観客も大きな声援を送り、夏の街が熱気に包まれた〉と報道された。

 この道路沿いの近くには、野中兼山によって開発された鎌田井筋がある。万治元年(1658)、兼山の指揮の下に仁淀川の対岸いの町鎌田に堰を構築し、井筋を設けた。
 高岡井筋では、天崎の堀切で硬い岩盤に突き当たり、苦労の連続であったと言われている。兼山は、松尾八幡宮近くに宿舎を設け、朝早くから工事現場に出て、陣頭指揮に当ったと言われている。
 井筋の総延長距離は、約20キロ。灌漑面積は、687町歩にも及び、吾南平野が水田地帯として大変化したものである。

 大綱引きの行事について、長尾光一郎著の『鎌田井筋ガイド』によると、〈野中兼山が鎌田井筋を建設する際、士気を高めるために大綱引きを催したのが起源だとも伝えられ〉ている。
 この行事は、兼山時代に苦労して土地を開発した話を語り継ぎたいとの思いからであろう。
 昭和初期まで豊作祈願の行事として続いていた。一時期途絶えたこともあるが、昭和53年に土佐市制20周年を迎え、大綱引きの祭が毎年8月の第3土曜日に、中央商店街で行われるようになった。
 さらに、平成16年からは広い場所でとの要望により、市民会館前の大通りに会場を移している。
 なお、祭に参加する出陣式は、近くの井筋沿いの兼山神社で行われている。

 同日の夜、香南市の手結でも盆踊りが挙行されたとの報道があった。手結育ちの知人からこの祭を楽しみに帰省するとの話も聞いたことがある。
 この祭も、兼山時代の港造りの犠牲になった人々を供養するために、始まったと言われている。

大綱引き
Photo

 
鎌田井筋
Photo_2


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