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2014年7月25日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 14Ⅰ

  土用のウナギ

 このところ、7月29日土用の丑の日と強調されたウナギ販売ののチラシが目につく。
 『現代こよみ読み解き事典』(柏書房)の「土用」の条に、〈立春・立夏・立秋・立冬の前の18日間を土用といい(略)だが一般的に(略)夏の土用だけをさすようになった。(略)土用の第3日を土用三郎といい(略)この日の天候で豊作・凶作を占う風習があった〉という。
 
 7月21日付『高知新聞』では、〈四国梅雨明け、早くも稲刈り(南国市)〉と伝えている。早朝からセミの鳴き声がかまびすしい。
 そして、〈この頃は、猛暑の時季で、昔から食養生の習わしがあった。たとえば土用のうなぎ・土用餅・土用しじみ・土用卵などの言葉がある〉と、事典では紹介している。
 土用の丑の日にウナギを食べるようになったのは、〈夏の暑い日、ウナギが売れなくて困っていたうなぎ屋の主人が、知人の平賀源内に相談したところ、源内は「本日、土用の丑の日」という張り紙を出させました〉とレストランのちらしにあった。
 『日本俗信辞典』(角川書店)の「ウナギ」の条に、〈『万葉集』巻16に「石麻呂に吾物申す夏痩に良といふ物ぞ鰻漁り食せ」という歌が見える。大伴家持が痩身の石麻呂を笑って詠んだのだが、当時すでに夏場のウナギはスタミナ食として知られている(略)土用のウナギの起源については(略)この日に食べると良いという習慣が生まれたのは江戸時代のようで、『明和志』に(略)「安永・天明のころより始まる」と記されている〉と、ある。
 猛暑の続く夏場ともなれば、とかく食欲が減退し、軽い食事になりがちである。そんな時季に精力のつく食べ物を食べなさいということであろう。その代表的なものがウナギであったろう。 

 そのニホンウナギは、国際自然保護連合から「絶滅危惧種」に指定された。いま、日本では研究者たちが完全養殖を目指して頑張っている。その成果を期待したい。

付録(広谷雅子)
 高知市愛宕町に育った私には、ウナギの思い出がある。終戦後間もなく、食料不足の頃。祖父は久万川や紅水川へウナギの夜釣りに行っていた。焼け跡は、野菜畑になっていた。そこにはミミズが沢山いた。ミミズを細い竹の針で通し、木綿糸につないでヅヅグリを作った。それは、私の仕事だった。ミミズの糸を団子状にし、大きな網を持ってウナギ釣りに行っていた。おかげで、私たちはウナギを腹一杯食べることができた。祖母は翌日ウナギを背開きにし、白焼きにタレを付けて食卓に並んだ。肝も、骨も同じく焼いた。頭は、タレの出汁にしたようだ。遠来の客のためにウナギの山を饗応することもあった。
 こうして、ウナギ大好き人間にとって苦しい時代になってしまった。


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