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2014年6月17日 (火)

広谷喜十郎の歴史散歩 136

  山茶フォーラムへ向けて

 今年も新茶が出まわる時期になった。
 土佐の山間部・大豊町の知人から香り豊かな山茶が贈られた。いつもながらのご厚情に感謝しつつ、味わっている。その方との出会いは、大豊町特産の不思議な「碁石茶」に興味を持ち調べはじめたことから始まった。もう長いお付き合いである。
 昭和52年に、大豊史談会が発足した。機関誌「大豊史談」に、拙文を投稿している。そして、平成元年刊行の20号に「幻の土佐の銘茶・碁石茶について」をまとめ投稿した。これが話題になったので、その後の動向を踏まえて「碁石茶寸考」(21号)を書くことが出来た。
 その頃から、「土佐のカツオ漁業史」・「土佐医学史」など他の仕事に追われるようになり、「土佐の茶業史」全般についての調べができなくなった。
 やがて、平成18年の秋、スローフード協会・高知支部の「山茶と和菓子」の集まりに参加した。同年7月いの町吾北地区で、国友商事(国友昭香社長)が、茶工場を設けて本格的な製茶の生産を始めた。この折、「山茶(釜炒り)」「ヤブキタ(蒸し)」・「自然茶(釜炒り)」・「番茶(蒸し)」の茶を提供された。
 この地区は、約400年前の『長宗我部地検帳』に「茶園有」と記載されている茶の産地であった。それを復活したものである。
 前年の花祭りに摘んだ茶葉で製産された茶が、翌年の正月元旦に「大福茶」として飲まれる風習があると話をしたところ、特別に作られ話題になった。

 山茶作りの伝統がある香美市の「韮生茶」を訪ねたことがある。ここで作られた茶を、四国中央市新宮町の製茶業・脇博義氏に提供した。脇氏は、この茶の匂いを嗅ぐと直ぐ「昔の山茶の匂いだ」と声を上げた。

 来る6月22日(日)国友農園のあるいの町柳野の公民館で「山茶フォーラム」が開催される。基調講演で山茶研究家・松下智氏が「茶の原産地からみた四国のヤマチャについて」を話される。楽しみである。
 私も「土佐の山茶の歴史」というタイトルで、今まで調べて来たことを話すことになっている。

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