« 広谷喜十郎の歴史散歩 132 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 138 »

2014年5月30日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 133

  カツオ記念碑

 先号で紹介したカツオ祭が行われた高岡郡中土佐町の久礼八幡宮前の浜辺に、「鰹感謝供養碑」がある。平成6年5月に建立された。
 横5.4縦1.4m、正面にマンガ『土佐の一本釣』の作者青柳裕介が揮毫した「鰹感謝供養」の大きな文字が刻記されている。裏面にはマンガの主人公純平と八千代の姿と、碑の由来、鰹に対する感謝を記載した陶板がとりつけられている。
 カツオ祭りは、久礼八幡宮の宮司が供養碑の前でカツオ供養の祝詞を上げることから始まる。浜辺にはカツオ幟が数本上げられている。

 5月18日付『高知新聞』に、〈「土佐の1本釣り」再映画化〉という大きな記事が出た。この映画は、34年ぶりに全編高知ロケで作られ、11月に公開される予定だと言う。
 井坂監督は、〈風情あふれる漁師町を背景に、現代の青春ストーリーとして描く〉とか。〈純平の一途さなど(略)挫折や人との衝突を恐れず、一生懸命生きることの大切さを伝えたい〉などと述べている。映画の完成が楽しみである。

 土佐市宇佐港の入口の山手側に、「改良土佐節発祥之浦」と立派な「播磨屋亀蔵佐之助 頌徳碑」と赤色の自然石に刻記された記念碑がある。
 この「改良土佐節」とは何か?
 宇佐在住の植田穂氏の『改良土佐節の研究〜その由来に関する新見解〜』(土佐市民図書館)が昭和51年に刊行されたことによる。
 戦前から戦後にかけて、土佐のカツオ節の紹介では、江戸時代前期に紀州の漁民・甚太郎がカツオ節製法を宇佐に伝え、その教えを受けた亀蔵から始まり、佐之助へ伝えられた。との説が一般的であった。
 ところが、植田氏は両人の墓が宇佐に有り、江戸時代後期の人物であることを確認した。この時期に「改良土佐節」が誕生したというのである。
 この本が刊行された折、私は高知新聞から書評を依頼され、「説得力のある新見解」として紹介したものである。

 後に、この説を踏まえながら『土佐のカツオ漁業史』(中土佐町刊)のなかに、「考古〜近世編」を書いたものである。

鰹感謝供養之碑

Photo

播磨屋亀蔵佐之助 頌徳碑


Photo_2

« 広谷喜十郎の歴史散歩 132 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 138 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/583888/59729731

この記事へのトラックバック一覧です: 広谷喜十郎の歴史散歩 133:

« 広谷喜十郎の歴史散歩 132 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 138 »