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2014年4月 4日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 124

   梼原千百年物語り

 桜花満開の中、高知県西部の津野山方面を訪ねた。
あいにくの小雨模様であったが、旧津野山郷入口の道の駅・布施ヶ坂では、桜花祭が開かれていた。津野山神楽などの催し、地場産の食べ物の販売もあり、賑わっていた。
 かつて、布施ヶ坂は対岸に在り、「土佐のいろは坂」といわれる程の難所であった。
 現在は、緩やかな自動車道に変化し、更に改良され続けている。かつては、一日がかりであった津野山郷奥の梼原町の中心地まで、昼前に到着した。

 今回は、町役場近くにある三嶋神社を訪ねた。『高知新聞』3月26日付の記事によると、〈高岡郡梼原町が2013年度に展開していた「梼原千百年物語り」事業の閉幕イベントがこのほど行われ、住民や町関係者ら約200人が神楽や記念碑の除幕などで事業を締めくくった。同事業は、同町などの津野山地域を開いた津野経高(つねたか)の入国1,100年に合せ、さまざまなイベントを展開〉してきたという。それに伴い〈開幕行事は(略)三嶋神社で神楽を奉納。「千百年碑」と刻んだ石碑を除幕するなどして祝った〉。
 「津野氏系図」によると、津野氏は藤原仲平の子・山内蔵人経高が延喜13年(913)に伊予国から来国。梼原の地で津野氏を名乗ったのに始まるとある。やがて、東方の半山郷(現・津野町)や土佐湾の須崎方面にまで勢力を伸ばし他。戦国時代には、土佐七雄の中に数えられる程の大豪族となった。
 津野氏は、愛媛県の一の宮である大山祇神社(大三島町)から三島大明神を勧請し、社殿を建立した。
 三嶋神社には、梼原川を渡る立派な木造橋「神幸橋」が架けられている。その橋元に、愛嬌のある小さい猿田彦神像が建立されていた。
 猿田彦については、拙稿「土佐史の神々」に書いた。
 大きな鎮守の森の中には、坂本龍馬が脱藩の折歩いた道も在る。それを示す標示もある。
 地元では、千年余の歴史に包まれた神社の重みを受けて、樹木・材を生かした町づくりに取り組んでいる。

 
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