« 広谷喜十郎の歴史散歩 118 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 120 »

2014年2月28日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 119

   吾北地区の山里へ行く

 去る2月8日付『高知新聞』に、「佐川町・伊藤蘭林のすずり発見 幕末の教育者 弟子指導時に使用か」のタイトルの記事があった。
 この硯石は、伊藤先生が天保15年に自刻されたもので、縦30cm、横15cmと比較的大きいものである。彼には、幕末から明治時代にかけ、勤王の志士や植物学者・牧野富太郎など多くの教え子がいた。その指導用に使用された可能性が高い。
 私の興味は、この石に「モミノキ山産」と刻記されているからだ。仁淀川上流のいの町吾北地区の「樅の木山」は銘茶の里として知られている場所で、いつか講演をしたことがある。
 それが奇縁で吾北方面の銘茶を調べた。『いの史談58号』に、「吾北の銘茶歴史考」を書いた。
 また、この地方「柳野」には、「柱状節理石」とか東津加才には、「砥石」などの石がある。
 今回、硯石については、確定できない。が、明治6年の調査によると、樅の木山と西津加才で「蝋石」が出土されるとある。この石質を検討してみる必要がありそうである。
 去る、2月23日にこの地区で、「山のそらの森のめぐみ市」があり、出かけてみた。「しし汁」など美味しいものを頂いた。その上、懐かしい香りに満ちた山茶の生葉を焙って湧かしたお茶で接待して頂いた。楽しいひとときを過ごすことが出来た。
 会を主催された国友林業の国友昭香さんに、硯石の原石をお頼みし、近くの「吾北ムササビ温泉」で体を暖め帰って来た。
 3月23日には、「明るい柳野を創る会」主催の「小川ミニ八十八ヶ所巡り」、4月には独特の山菜・コシアブラの会も催されるという。
 吾北の山里は、元気である。
 
Dscf2284_4


Dscf2283_2_3


« 広谷喜十郎の歴史散歩 118 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 120 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/583888/59210982

この記事へのトラックバック一覧です: 広谷喜十郎の歴史散歩 119:

« 広谷喜十郎の歴史散歩 118 | トップページ | 広谷喜十郎の歴史散歩 120 »