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2014年2月21日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 118

  高岳親王と蘇鶴温泉

 高知県最古の温泉がいの町大内地区にある。大内という地名は、高貴な人が住んでいたことに由来する。
 平城天皇の第3皇子高岳親王が土佐に来国し、この地に滞在していたことがある。或る時、一羽の矢傷を負った白鶴が飛んで来て、大内山のふもとの泉に浸かったのを見て親王は、不思議に思った。数日たつと、傷が癒えたのだろう、元気になり飛び立っていった。
 そのことから「蘇鶴温泉」と名付けられた。現在もこの温泉は利用されている。古代の人は、この温泉を神聖な場所とし、荒らされないように高貴な人物を登場させたのであろう。
 高岳親王は、京都・松尾の出身なので、石清水八幡宮の神を産土神として勧請し、高岡町の仁淀川沿いに松尾八幡宮を建立している。
 下流の堤防上には、土佐市京間の大銀杏の古木がある。高知県森林局編『土佐の名木・古木』によると、樹高24・0mという大木で、推定樹齢1,150年となっている。この古木は、親王がこの地を訪れたとき、川舟を繋ぎ止めたという話が語り継がれている。
 高岡町の北山には、四国霊場35番札所の医王山・清滝寺がある。『四国八十八ヵ所遍路の旅』(講談社)によると〈清滝寺は、空海の十大弟子の一人、真如ゆかりの寺(略)真如とは平城天皇の第3皇子高岳親王(略)で、大同5年(810)の薬子の変によって嵯峨天皇の皇太子を廃された〉人物である。
 寺の南西には「入らずの山」があり、真如の「逆修塔」がある。親王はその後九州へ行き、さらに唐へ渡ったとされている。
Dscf2263


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