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2014年1月11日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 112

広谷喜十郎の歴史散歩 111   干支にみる午

 本年の干支は、午である。
 岩渕悦太郎著『語源散策』(毎日新聞社刊)によると、〈陰暦5月、(略)時刻では、真昼の12時で(略)午の本義は「陰陽互いに相交差する義」だ。ウマという語は(略)中国語から出た〉と説明されている。5月は、陰気が陽気を下から突き上げ、地表に出ようとする形でもあるという。今年は、何か大きな変化の年になりそうな予感がする。龍馬、天馬、神馬という言葉があるから、大いに発展する年になって欲しいものである。

 龍馬といえば、高知市の浦戸湾の巌頭には、大きな坂本龍馬銅像がある。これは、昭和3年に高知県の青年たちが募金活動をし、建設したものである。銅像の台座の銅板に、「建設者・高知県青年」と銘記されている。「青年たちよ 大志を抱け」と主張しているように、思われる。

 神馬の像は、南国市里改田の琴平神社にある。太平洋を臨む高台にあるから、年頭の初詣りに出かける人が多い。本殿の東側に絵馬堂があり、その南側に神馬像がある。参詣の皆さんが像に手を触れながら、健康などの祈願をしている。
 仏教界でいえば、高知市にある31番札所・五台山竹林寺には、国重要文化財の馬頭観音立像(室町時代)がある。インド伝来のこの像は、なぜか怖い憤怒形で表現されている。
 瓜生中著『仏像がよくわかる』(PHP文庫)によると、〈衆生を救済するとの誓願をたて、さまざまな悪と戦って駆逐し、衆生のあらゆる苦悩をを断ち切ること使命とする(略)ちょうど馬が草をむさぼり食うように人々の煩悩(迷い)を食い尽く〉すという仏様だといわれている。中世に入ると、馬の守り神ともされている。
 四国山地の古道の脇には、交通の守り神として馬頭観音の標柱が立っているのを見かける。
  
 我が家では、いの町の草流舎で製作された馬張り子を頂き神棚に置いた。この中には、縁起物のクロモジが入っている。
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