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2014年1月 3日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 111

  福島県の三春駒

 新年おめでとうございます。今年も楽しんでご愛読頂けます様努力いたしていきます。

 本年は、午年である。我家では、年賀状に各地の社寺を訪ね、干支に関する風物の写真を選んで利用している。今年は、日本3大駒として、青森の八幡馬・宮城県の木下駒と並ぶ福島県の三春駒を利用させて頂いた。この午は、昭和29年の年賀切手に使用されたこともある。

 昭和51年11月、東北地方を代表する民権運動家・河野広中の銅像が建立された。それに合せて、資料展が開催された。福島と土佐の繋がりを求め見学に行った。
 翌日、広中の誕生地・三春町を訪ね、郷土資料館長・松本稔氏にお会いした。明治初年の戊辰戦役や民権運動のなかで、土佐と深い繋がりがあった話を伺うことが出来た。松本氏に方々案内して頂いた。その折、三春駒発祥地の高柴デコ屋敷の民芸品作業場に案内された。其処で三春駒の親子像2体を頂戴した。それが今年の賀状の主役である。
 町のパンフレットによると、〈三春駒は遠く坂上田村麻呂東征に由来する「子育木馬」が発祥と言われ子育てのお守り(略)後に馬産地三春の仔馬生育を願って神社に奉納したり、子供の玩具に用いたりしました〉とある。
 三春といえば、東北でも雪深い場所で、長い冬は外出もままならない。その間は、三春駒などの民芸品作りの内職をしていたと言う。
 三春は、この程の大震災でも大きな被害を受けたようで、一日も早い復興をお祈りしています。
 なお、三春という名の起こりは春になると梅・桃・桜が同時に咲くところからきている
Dscf2213


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