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2013年12月21日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩109

  しまなみ海道の大山祇神社

 11月中旬、愛媛県今治市から広島県尾道市へ瀬戸内海のいくつかの島をつないでいる「しまなみ海道」を訪れた。 
 まずは、この芸予諸島中心に位置する愛媛県の大山祇神社に参詣した。国指定天然記念物の38本のクスノキ群に包まれた大山積神が祀られている。なかでも「小千命御手植えのクスノキ」は、根周り20m、高さ15・6m、樹齢2,600年という大木である。その他にも歴史的な由緒あるクスノキの大木がある。神社の鎮守の森を散策するだけでも、その古さを体験できる。
 なお、小千(おち)命の流れは、越知氏へ繋がり、その子孫が高知県側に来ている。越知町という地名はそれから来ていると、言われる。
 この神社は、古来から日本の総鎮守と称される。日本三蹟の藤原佐理が「日本総鎮守 大山積大明神」の神額(国重文)を書き、奉納している。『古事記』、『日本書紀』、『伊予風土記』にもその神名がみとめられる。即ち、大三島(おおみしま)は、神のいる「御島(みしま)」として崇められていた。神社の由緒書きによると、山の神であると共に、海神・航海神としての神徳を兼備し、鉱山・林業は無論、農業神として人々から篤く信仰されてきたと言う。
 全国10,326社の大山積の総本社でもある。四国では高知県が1番多く、末社が422社あるという。
 この神社が全国的に有名なのは、多くの文化財を収蔵しているからである。国宝8件、重要文化財が132件もある。平安時代の最古の鎧から各時代一級の武具がある。日本の文化財武具類の約8割が収蔵されている。奉納者には、村上天皇・源頼朝・源義経・足利尊氏らの名が認められる。国宝の鏡は、奈良時代の斉明天皇が奉納したと伝えられている。女帝の斉明天皇が朝鮮半島へ救援軍を派遣するにあたり、伊予の熱田津に2ヵ月余り留まっている。それを、万葉歌人・額田王は「熱田津に船乗りせむと月まてば潮もかなひぬ今はこぎいでな」と詠じている。なおこの女帝は、高知市朝倉神社の祭神としても祀られている。
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