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2013年8月30日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 93

  長平とジョン万の漂流話(1)

 江戸時代、土佐の海に生きるきびしさを表している漂流談が数多くある。なかでも東の長平漂流話と、西のジョン万の漂流話は有名である。
 2人の漂流の間には、約60年間の隔たりがあるが、大きな共通点があった。
 長平は、香美郡岸本浦(香南市)の船乗りで、天明5年(1785)1月に同郡赤岡浦から藩の御用米を安芸郡田野浦へ運んだ。その帰途、突風に遭い、漂流すること14日目に八丈島の南方にある鳥島に漂着した。5人の仲間は長平を残し、次々と死亡する。1人での無人島暮らしが暫く続いた。
 鳥島は、島の周囲が約2里程、一番高い山は300mの火山である。葦原のなかにグイノミ・シャシャブが点在している絶海の孤島であった。天水を貯めて飲料水とし、アホウドリが手取りできる格好の食料となった。5月になり、鳥がいなくなると、古釘をもって釣針を作り、木の皮の糸で魚を釣った。なお鳥の干し肉を貯蔵食料ともした。
 天明8年(1788)に大坂の回船が、更に寛政2年(1790)に薩摩の回船が相次いで漂着してきた。そこで、流材を集めて小船を作り、無人島を脱出することができた。
 13年目にやっと故郷へ帰ってきた。
 無人島で漂流者たちが一致団結して、廃材からボロ船ながらも船を作り、荒海を航海して帰国できた話は、人間のたくましさ・素晴らしさを私たちに教えてくれる。
 なかでも13年間を頑張り抜いた勇気に感動する。
 帰国後の彼は、いつの間にか「無人島長平」と呼ばれるようになった。この話を著名な作家・吉村昭が小説化した。『漂流』(新潮社)。さらに、北大路欣也主演で映画化もされ話題になった。
 地元では、国道脇・香我美駅前に銅像を建立した。

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