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2013年8月24日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 92

   香美市物部の不思議な神酒

  先号で、小松氏が境目番所の番人として重要な役割を果たしたことを紹介した。旧槇山郷には、小松一族が広く居住している。そして、一族が祀る神社は別役に鎮座している。
 『香美郡文化財地図』(香美郡文化財保護委員連絡協議会)の小松神社の条に、〈祭神不詳「延喜式神名帳」にある香美郡四座の中の一社で千年以上の昔から此の地に鎮座、小松氏の先祖を祀るともいう。7月1日の夏祭りには麦の神酒を供え、12月1日の秋祭りには松明を焚いて祭る〉とある。
 高知県下には、「延喜式」に記載されている古社は21社余りあるが、この神社のように山奥にあるのはここだけである。それだけに、この神社の存在は、何か歴史的に深い意味をもって特別に祀られているように、思われる。
 この地区一帯に、平家伝説が満ちあふれている。しかし、源平合戦の話より280年前の記録である。それと直接結びつけることには無理がある。もちろん、この後に平家の落人がやって来たのかも知れない。
 私は、神社の原初的な信仰を考える必要がありそうだと思っている。
 そんな時、土佐地域文化研究会やいの町草流舎の田村雅昭氏らの依頼で「大忍・槇山(銘茶・大抜茶の里)と小松神社と天の神信仰を考える」というテーマで話す機会があった。平成17年7月10日のことであるが。参加者のほとんどは、小松姓の人たちやそれに繋がる人たちであった。
 私は『高知県酒造史』をまとめた時、この神社の神酒が麦麹を作り、麦を発酵させた麦酒であることを紹介した。全国的に見ても珍しい作り方である。当日、少々変更されたものの、古来からの一夜酒が参詣者にふるまわれた。そして、中川幸子さんから「小松神社の御縁と麦酒」のパンフレットを頂いた。
 それには、麦麹の作り方や一夜酒作りの方法を8段階に分けて詳しく説明されていた。これは、私にとって大きな収穫であった。」
 当日の一夜酒は、麦麹の代用に米麹を使用していたが、まぎれもない「麦酒」であった。
 小松神社での作法は、口にサカキをくわえ、桑の木を甕にいれて一夜酒を作ると地元の方から教わった。そして、淡い感じの神酒をおいしく頂いた。
 加えて、古代山岳信仰の奥深さを考えた1日であった。
Dscf2058


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