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2013年8月17日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 91

  県境にまたがる不思議な峠

 物部川の槇山郷最奥部・高知県と徳島県の県境に四ツ足峠(1,030m)がある。この峠には、不思議なことに県境を跨いで地蔵堂が建てられている。床柱が高殿式の造りで、床柱の2本が高知県側に、2本が徳島県側にそれぞれ建てられている。峠の名の由来は、これによる。
 江戸時代の『南路志』に〈方示堂地蔵、別府村、阿州北川境にあり、両国作事〉とあり、土佐と阿波の両藩が古くから共同管理していたという。峠名は、「傍示(ほうじ)峰の峠」と呼ばれていたこともある。
 山崎清憲氏は、その著『土佐の峠風土記』で、地元の史料の〈比志利賀峠方至堂乃北ニ高山当郷第一ノ高山〉との記述に注目し、〈「比志利」は「聖」に通じ、石立山を指したものであり、「方至」(境界)に位置する四ツ足峠は聖地とみなされている(略)地蔵信仰の参道として、旅人や住民に利用された峠道であったことは疑いない(略)地蔵堂は健在であり、四ツ足峠を守護する姿勢にはいささかの変わりもない〉と指摘している。
 峠道の途中に、馬頭観音堂があることや、古代官道説もあり、多くの旅人の往来した道でもあった。それにしても石立山(1,707m)へ通じるこの道は、四国山地の山岳信仰の根強さを物語っている。
 この峠道も標高600mの山腹に、トンネル開通の動きが起る。昭和37年4月7日に起工式が行われ、同39年11月23日に開通した。当初、日本道路公団による有料道路の動きがあった。が、両県の公共事業として施行された。トンネルの長さ1,857m、当時の日本では、4番目に長いトンネルであった。
 両県を結ぶ最短距離の道路が誕生した。この道を利用して古代の太布織の里・木頭村へ取材に行ったこともある。
 このトンネルの高知県側の近くに、別府番所跡がある。『香美郡文化財地図』によると、〈土阿国境の番所、初代役人別府弥次郎、のち寛永元年小松作兵衛に替わり子孫代々此の役を継いだ。明治4年廃止〉とある。そこには、現在も人家がある。
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