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2013年8月10日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 90 

  韮生(にろう)の川上さま

 立秋を過ぎたのに、毎日猛暑続きで閉口しています。
 7月末に、物部川流域を上ってきた。この川筋も日照り続きで、川原は干上がっていた。これでは、大栃ダムの流水制限も行われそうである。そんな心配しながらの小旅行となった。
 中流域の香美市香北地区には、アンパンマンの施設がある。夏休みでもあり、県内外からの子供連れの人たちで賑わっていた。
 
 ここから国道を横断すると、「韮生の川上さま」・大川上美良布神社がある。神社の由緒書によると、〈当神社は今から約1,500年前の(略)時代に造られました。延喜式の式内社といわれるもので(略)由緒深い神社として古くから神徳の極めてたかい韮生郷の総鎮守として崇敬されてきました〉とある。
 荘厳な雰囲気をもつ社殿は、〈明治2年に落成。当時棟梁として時の名匠といわれた島村安孝、坂出定之助、原卯平、別役杢三郎等によって建てられました。拝殿、幣殿、本殿に見事な彫刻が施された社殿は高知県保護有形文化財に指定されています〉という立派な造りである。そこには、有名な司馬温公の子供時代の逸話(人の命の尊さ=平和)を示す瓶割りのモチーフなどが彫られている。
 樹齢1,000年余を超すクスノキなどにより鎮守の森が形成されている。「1,500年の静寂」を味わうことができた。
 「韮生川の図」(高知県立図書館蔵)は、物部川中流域から最北部にかけての村々をまとめた古図である。そこには村名や地域のシンボル的な山々を描写してある。この神社を大きく紹介してあるのは、この神社が流域の中心的な役割を果たしていたからであろう。
 かつての物部川は、暴れ川であり、数多くの大災害をもたらしていた。そこで、川鎮目の祈りを込めて、流域に住む古代人が立派な神社を造ったものであろう。
 『香北町史』には、弥生時代の「袈裟襷文銅鐸」(国指定重要文化財)が神宝として保存されている。これは、龍宮からの贈り物である。大旱魃の折に、物部川の大木の渕に入れて祈願すると、たちまちにして大雨が降ったと伝えられている。
 今夏ももうそろそろ、雨が降って欲しいものである。

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