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2013年7月19日 (金)

 87号で、伊豆石を訪ねたことを紹介した。
 昭和53年夏、静岡県東伊豆町稲取の「ふるさと学級」から1通の手紙を頂いた。
 稲取港の近くに、大きな角石(15t)があり、「松平土佐守」・「柏葉」の刻印がある。古くから江戸城築城の折に運ばれた「畳石」の残り石らしいとの言い伝えがあるが、記録が全く残っていない。幻の石になっている。
 そこで、県史編纂室の強力を得て、江戸初期の慶長年代〜寛永年代にかけ、江戸城や大坂城へ「土佐藩が伊豆石を採石して運送した」との記録を確認し、提供した。
 翌年2月、『土佐史談』誌に「土佐藩と伊豆石との関係について」をまとめて発表した。
 なお、県内には伊豆石が1個だけある。五台山竹林寺文殊堂前の大きな石灯籠である。二代藩主・山内忠義が正保2年(1645)、伊豆から取り寄せ寄進したものである。
 昭和54年4月、家族旅行で伊豆を訪ねた。その折、地元の研究家・岡田善十郎氏の案内で、町内のいくつかの畳石を見学した。江戸城や大坂城を支えた残り石であることに誇りを持ち、後世に伝えたいと話していた。
 その夜の夕食に、金目鯛が出されたのは、驚きであった。高知県の室戸沖で穫れた金目鯛は、高級魚で殆ど関東方面へ出荷されていたようで、私たちは食べたことが無かった。無知な私たちは、少々がっかりした。また、伊豆ではクサヤの干物も買い求めてみた。
 宇宙人を確保した、とのテレビ放送があり、驚いた。エイプリルフールであったが。

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