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2013年6月21日 (金)

広谷喜十郎の歴史散歩 83

   金魚

 孫が金魚模様のパジャマを持って、お泊まりにきた。♫あ〜かいべべ着た可愛い金魚…♫
 昨年、7月名古屋駅ビルのデパートの正面ウインドウに、愛知県弥富市の金魚が飾られていた。大型の水槽の中で泳ぐさまは、ひな飾りや高級ブランドのファッションに引けを取らない。
 金魚の産地としては、大和郡山市が有名である。赤膚焼・二楽窯では、金魚の土鈴を製作している。柔らかな音色も楽しい。
 文久年間(1861〜1864)、大和郡山の金魚商人が熱田宿へ向かう途中、弥富に宿泊した。この時、金魚を休ませるため池を作り、金魚を放った。この金魚を見て、気に入って購入し育てたのが始まりという。
 明治元年(1862)佐藤宗三郎が金魚の採卵孵化に成功し、農家の副業として、本格的な養殖が始まる。木曽川の良質な水が豊富なこと、土が粘土質で金魚の発色が良くなること。などから、この地域での金魚養殖が盛んになったという。
 平成6年7月、向井千秋宇宙飛行士がスペースシャトルコロンビア号で行った実験の1つとして、弥富金魚で宇宙酔いの実験を行った。
 高知県の天然記念物に指定(昭和44年)されている金魚「土佐錦」がある。今上陛下が皇太子時代御来高の際(昭和61年7月)、県がおもてなしの1つとしての鑑賞を用意した。
 土佐錦は、弘化2年(1845)から嘉永4年(1851)頃、土佐藩士・須賀克三郎が「おおさからんちゅう」と「琉金」の交配によりより作出されたという。
 飼育が困難のため、普及は困難である。
 ひらひら、ふわふわと尾びれの左右の端をくるりと巻いて、扇のように水平に広げ、優雅に泳ぐ。天女の羽衣をまとっているようだ。(「高知新聞」5月15日)という土佐金がいつまでも輝いていて欲しいものである。 
Dscf1159
写真は弥富金魚

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