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2013年6月17日 (月)

広谷喜十郎の歴史散歩 82

   風除け信仰(2)

 前回、高知市朝倉の民家に、鎌を取り付けてある話を紹介した。
 奈良にある世界最古の木造建築・法隆寺の五重塔の頂上近くにも、4本の鎌が取り付けられていた。と思いだした。
 住職の高田良信氏が、『法隆寺の謎と秘話』(小学館)のなかに、〈4本の大きな鎌は、いつ何のために置かれたのかわからない(略)その真相は今なお謎につつまれたままである〉述べている。
 平成6年6月、奈良県へ行く機会があり、法隆寺をも訪ねてみた。
 邦光史郎著『法隆寺の謎』のなかに、〈公式の記録には一切載っていないが、どうも昔の人はこの鎌を今でいう避雷針、つまり雷除けの呪いに使ったものらしい〉と述べている。また、おおわさますみ著『四本鎌』では、〈雷というミステリアスな魔物を神秘な力を持つ刃物によって避けようとした素朴な発想からであった〉とある。
 さらに、松本清張・樋口清之著『奈良の旅』(光文社)に、「風の神がまもった世界最古の木造建築・法隆寺」という表題で、〈この塔を風害から守る悲願なのである。この地の地主の神は、その竜田明神(略)いまの竜田町に分霊されて、これが直接、法隆寺の地主神となった〉と、述べている。
 そこで平成7年夏、奈良県生駒山のふもとにある龍田大社と法隆寺の直ぐ西の龍田神社を訪ねた。
 龍田神社の記録によると、聖徳太子が法隆寺を造営するにあたり、何処に寺を建てるか、龍田大明神にお伺いをする。大社の神の分霊した場所が良いとのお告げを受けて建てたという。
 本家の龍田大社は、風鎮大祭が1,300年余り前の天武天皇の時代から行われている極めて格式の高い神社である。社務所には、「龍田大社風鎮祭祈祷符」と銘記された風鎮神符や風神の守り札などが置かれていた。
 一方、法隆寺の守護神を祀る龍田神社は、法隆寺の賑わいに比べて訪れる人も少なく、静かな雰囲気に包まれていた。 
  
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