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2013年5月11日 (土)

広谷喜十郎の歴史散歩 76

   松山のタルト菓子など

 松山市名産の菓子といえば、「タルト」が有名である。観光パンフレットに、〈カステラ生地にユズ餡をいれて、まきあげた上品な菓子。350年前、藩主松平定行がポルトガル船の入港した長崎からその製品を持ち帰り、独自に作らせたといわれている〉と、記述されている。
 『物語藩史・第七巻』(新人物往来社)の「松山藩」の条に、次のような経緯が紹介されている。正保元年(1644)、松山藩は江戸幕府から命を受け、長崎警備をすることになった。同4年6月、入国禁制となっているポルトガル船が、それを無視して入港して来た。急ぎ警備強化を計り、各地から徴発した用船350艘、藩主自ら家老以下の家臣7,200人を引き連れ、長崎へ赴いた。8月には、帰国している。〈その間、カステラ・金平糖などの洋菓子といっしょに、ヨーロッパから長崎に伝えられていたタルト(略)の製菓技術を藩士に学ばせて、松山城下に持ち帰り、工夫を加えて現在のような和風味を豊かに持つ銘菓に作り上げたというのが定説となって〉という。その他の松山城下名産の五色素麺や緋の蕪まで藩主の奨励によるとされている。
 なお、『外来語辞典』(角川書店)の「タルト」の条には、語源はオランダ語からきているとある。
 また、愛媛県に行くと「山田屋まんじゅう」をよく見かける。これは、〈ほどよい甘さと上品な餡と薄皮のバランスが特徴〉で元首相・吉田茂氏の愛食された菓子である。〈140年以上、守り続けた一子相伝の味〉をアピールして、全国約150店で販売している。
 今回の話題は、平成23年に高知市文化協会の史跡巡りを案内した時のレポートです。今年は、鳴門方面へ行くことになっている。ドイツ館のドイツ菓子を楽しみにしているところです。

Dscf1978


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